人間観察

人間観察。自分をみつめること。出逢ったおもしれーやつ、変わったやつ色々。

心を充電してくれるのは子供。踏ん張れよワタシ。

夏休み。

 

オトナの夏休みは少ない。

もう半分が過ぎようとしている。

 

子供たちはまたまだこれから夏の思い出を作る気満々。

なんて、不公平なんだろう。

大人と子供の休みが一緒に取れない社会ってね。

おかしいの。

 

 

 

 

自宅で花火。

この線香花火のように楽しい時間はすぐおわる。

さみしい。虚しい。

 

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身体の休息?

会社いってるよりきっと、夏休みのほうがカラダを酷使してるはず。

なので、夏休みはどちらかと言えば、心の充電期間だ。

 

 

 

普段休みの日でも、会社にいくこともある。

でも、夏休み中はずっと休める。

急に仕事で出かけることもない。ありがたいことに、わたしの場合は。

子供と過ごす時間というのは、ほんとかけがいのないもの。

 

 

 

そんなたいしたことはしてあげれてはないのだが、一緒に朝めしくったり、テレビみたり、お風呂はいったり、ごく当たり前の生活を一緒に送れることが、すごく嬉しい。どこかに連れていってあげることも、こういう連休にしかできないことだけれども、子供の成長を感じること、親としてそれを体感できることに感謝です。

 

残りの休みが終わってしまうと、この夢のような生活から離脱…か。

 

 

まだ、小学生。

もう、小学生なのか。

 

 

子供の成長はとてもはやい。時間が過ぎるのもあっというまです。

中学。高校。大学。死ぬまでずっと、私は子供たちになにをしてあげれるのだろうか。いいことばかりではないとは思う。でも、考え続けようと思う。 

 

 

 

自分が病気になってしまうかもしれない。もしかしたら子供がなってしまうかもしれない。考えたらきりがないが、やはりいえることは、今楽しめることはやるべきだ。

出来ることはやってやろう。

 

 

なにかと理由をつけて、やらないとか、嫌なことから目を背けたりとか。

やらない側にすることは簡単だ。

 

それでいいのか?と、自分に問いかけてみる。

なにか、引っかかるのであればそれはなにかをなくしてしまうこと。

すててしまうことになります。

 

 

 

目を背けたぶんだけ、いつか自分にマイナスでかえってくる。

その時はうまくまわったとしても。

 

 

逃げるな。わたし。

がんばれ。自分。

 

 

 

いましかできない事はやるべきだ。

今からやってもやらないよりマシだ。

やってこなかったことは遅くなっただけで今からでもできるじゃないか。

失敗してしまったことにくよくよするな、前を見ろ!

 

 

と、いうわけで。

あと数日、張り切っていきましょう!

 

 

面倒なことから目を背けるな。

いつかいいこと返ってくるよ。

 

人は誰かに何かを与え続けている

 

人は少なくとも周りになにかを与える。

 

そんな話です。

 

 

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でも、あなたはプラス側?マイナス側?

 

 

 

 

最近、仕事頑張っててよかったなーと思う。

 

私は職場の若手に対して、一からしっかり教えることはありません。教えることが面倒だからです。でも教えないと最初はだれしもができないってことは知っています。でも、抱えてる仕事をしながら若手を育てるってすごいしんどいんです。

 

でも、ありがたいことに私の部下たちは教えもしないのに、私のやってる事を見よう見まねでそれらしく仕事をこなしていくのです。まるでサバンナで生きてる動物のように。本能ってやつ?

 

いつかは育ってくれて、自分を飛び越えていくこともあるかもしれません。そうなるまで少しづつでも自分の持ってるモノを吸収していってもらいたいものです。

 

私は私で、吸収してもらえるスキルを積み上げて行かねばと思う所存です。

 

若手社員は人の仕事のやり方をみて、ちょっとづつですが仕事を覚えます。マニュアルを読めば出来ることはやればいい。むしろ、あるだけありがたいとおもう。先人たちが残したバイブルですから。

 

でも、仕事の進めかただったり、対応の仕方って正直いってマニュアル読んだだけでは覚えることはできない。できるような錯覚をするだけだ。本番ではまったく活用できないだろう。経験でしか得られない。学べないところってたくさんある。見よう見まねで、学習してくんですよ。そういうところって。

 

お手本となる人が近くにいると周囲の成長の速度って変わるし、その人の能力にひきつけられるように、見本となる人のスキルレベルに近づこうと底上げされていくのです。スポーツも同じですかね。うまくなりたければ、環境をかえろってね。育つ環境は限られているということでしょう。

 

自分は与えてる自覚はないが、事実、私の振る舞いをみて部下は、自身の仕事の能力レベルの着地点なのか、経由ポイントなのか、目標のようなものと私を捉えて近づこうともがく。

しっかり部下が自立していければ、すくなからず、私という存在はよい側の影響を与えたといえるのでしょうか。

ただ、勘違いしてはいけないのは、頑張るのは部下自身であって、私はというと、なにもしていない。   ただ、がんばる姿を見せるだけです。

 

  

 

一方で、できるひとがいるのに上手く回ってないってところもあります。

なぜでしょう。私のところと何がちがうんでしょうか?

 

あのひと人一倍仕事ができるのに。なぜ?

 

 

仕事を振られたその部下は期日までには終わってないって事が大半です。

怒られてモチベーションも下がる下がる。会社にいて楽しくないだろうな〜。って。

 

 

やった事がない仕事を、経験者と同じ時間でできるはずがないのです。仕事をお願いする方もそうなることは、わかるはずなのにそれでも仕事を投げるのです。

 

そう、言葉の通り投げるのです。斬れ味半端ないっすよ〜。

 

 

私のところはというと。

 

私が仕事をお願いするのは、私ができるだろう仕事、もしくは経験した類のものです。なぜか?それは、部下がやりきれなかった場合、自分がリカバリしなければいけないから。新規の仕事は必ず、自分がやります。その中でお願いできる仕事を割り振りして、一人当たりの負荷をさげます。

 

 

やれなさそうだな〜と感じたら、少し触りだけやり、道筋を示しあげてあとお願いしますと渡します。投げはしない。本音はなげたいんですが、受け取ってくれなければ意味はなし。出す側にも配慮が必要なんです。自分の負荷が一時的に下がるかもしれませんが、かわりに部下の仕事量が2倍にも3倍にも膨れ上がるんです。

 

 

やれない仕事を誰かにお願いしてできませんでしたと、依頼者にいいますか?そんなみっともない仕事のやり方はできません。

成立解がない仕事を中身もみずに後工程に回すことがどれだけ非効率なことか。

入口である程度選別することは効率化するうえで非常に重要です。

 

 

仕事が出来る人の中には、やり方を見せない人がいること。やり方は個人の財産であり、ノウハウだ。自分のやり方を真似されると、自分の存在価値が薄れるからだ。できる人に仕事が集中するのはそういうことで、キャパを考えなきゃ商売繁盛して、ひっぱりだこ。でも、そんな一人しかできない仕事のやり方ほどリスクがある。会社は個人だけで成り立つことはない。組織のなかでノウハウを共有し組織として存在価値をしめせばいいのである。

 

そのやり方をしてきたんだから、その下につく部下たちも自分でやり方を考えて結果を出してこいということなんでしょう。つらいですね。楽しくないですね。それ組織っていわないよ。踏ん張りきったひとだけが残ることができる、弱肉強食の世界です。そういう職場を望み、サラブレッドだけが選別されていくことが、目的ならばその指導方針は有効ですが、私はハッキリいってイヤです。

 

  

では、今までやったことない仕事を部下にやらせないのはなぜか?チャレンジ精神はどうなの?って。やらせないと育たないよって言ってくるやつがいますよね。

 

ねー、絶対いる。

そういう奴にかぎっていざ自分がその仕事を回せるかというとやれないんだけどね。

 

でも、事実、そのやり方は育ちます。自分がそのようにやってきましたから。

でも、しんどいんですって。バカみたいに労力使います。

 

一昔前はそれでよかったのかもしれませんが、自分はそのやり方を私の部下にはやらせたくはありません。中堅社員であれば、ある程度のレベルになっているので、やらせて育てていくのはいいと思います。あくまでもいま話をしてる対象は若手社員に関してです。

 

 

やらせたくない理由はいくつもあるんですが、思いつく限り書き出します。

 

・自分のわからん仕事を無茶振りするのはキライ

・成果物が管理できない

・組織として機能してない

・その人がいなくなったら終わり

・自分がお願いできる枠が減る(頑張ってるから他の仕事を振れない)

・個人プレー半端ない

 

などなど

 

仕事が苦痛になるのは本末転倒。やり方がわかってきたら、自分から手があがるんです。やる気も効率も上がってくるんです。無駄に時間を費やして耐える仕事のやり方は垂直立ち上げするかもしれないが、リスクが高い。現状の組織でやれる量の仕事をみんなのできるスキルレベルに合わせて受けていく。 底上げされてきたら、受ける量と質をあげていけばいい。

 

無理難題な仕事をなんとかしてやらなければならない。処理しきれない量の仕事を後先考えずに受ける。 思うに、組織の管理者というのはその立ち位置のせいなのか、更に上の職位の方の機嫌を気にする。請け負う側の会社であれば顧客にいいかおをしないとだめ。こやつらは、仕事をうまく回すための管理者という存在からはかけ離れてる存在だ。ただ、ポストのように📮口を開けて緊急書類を配布する配布係だ。

 

組織って おかしなものですね?

なぜそんな役職を設ける必要があるのか。

 

工場のラインみたいに機械に突っ込んだら出来上がる量。生産能力が目に見えてわかる。組織もその生産能力が数値化されていれば分かりやすいのにな。仕事がまわる量が見える形になってさえいれば、プロジェクトマネジャーと作業員がいれば、いわゆる技術者ライン工程で仕事は工程よくまわるはずなのだが。

 

組織の目標だとか、戦略が見えない。

非生産部門とまでは言わないが、目指す姿への潤滑油くらいにはなってほしい。

生産能力があがる戦略を打ち出してほしい。

 

 

この不満が、私の中にでてきてるということは、私は私の上司によって悪い影響をあたえられている結果なのかもしれませんね。

 

 

 

レギュラーになれないならマネージャーになれ

あなたはスポーツに打ち込んだ経験はありますか?

 

スポーツに限った話ではないのですが、何らかの組織に属すると必ずそこではレギュラーと補欠に分類されてしまいます。自分の意思とは関係なく。

 

 

テレビドラマなどで、キャリア組とノンキャリア組の確執などが描かれているように、ある目的を遂行するために選ばれたメンバーは優遇措置を受ける。選ばれなかった方はというと、その目的のために利用される。

 


「補欠でも努力すればいずれ必ずレギュラーになれる」 「補欠だって得るものは多い」 といった綺麗事をいう人がいるが、現実を直視すると、ほぼすべての補欠は生涯補欠のままである。

 

あなたは補欠でいつづけますか?

 

補欠の立場で学ぶよりは、レギュラーの立場で学んだほうがはるかに意義がある。優遇措置のため同じ時間練習したとしても得るものは違ってくる。補欠が下剋上するにはそのアドバンテージをも超える努力をしなければならない。



あなたは学生時代の大半を無駄にしますか?

(仕事の成果を他人にとられてばっかでいいですか?)

 

・いつかは抜擢してくれるかもと思ってますか?
・きつい練習をすればあなたは使ってもらえるの?
・勉強時間削ってまでやる価値ありますか?
・そこまでしてレギュラーのために尽くす意味は?

 


・自分が提案したネタが使われてる。

(え?それ自分が考えましたけど〜。)


・やりたくない企画を手伝わされる。

(自分の成果にはならないしモチベーション上がんね〜。)

 

 

補欠は補欠

 

いくら練習しても成果を披露するフィールドは準備されません。はっきり言って補欠というのはレギュラー育成のために使われる駒です。チームで頑張った結果だと美談に思えるますか?実際プレイして実績を残し印象に残るのはレギュラーだけです。ちやほやされるのは表舞台に立った英雄のみ。補欠がいくらがんばってたとしても、試合を見てる人からみれば、ただの補欠。何も印象に残らないんですよ。

 

 

補欠が本音を言えば「レギュラー」になって人生を謳歌したいはずだ。

 

補欠でいいと思って歯を食いしばってるだけでいいというやつなんかいない。いつかきっと…。自分が試合にでれば勝てるかもとか思ってたりもする。補欠でも好きなスポーツができればそれでいいと自分の中で嘘をついて納得する人もいるでしょう。

 

現実問題として、レギュラーになるには最低限の才覚が必要だ。


そしてこの最低限の才覚は、過半数の人々には生まれつき与えられていない。
個人に備わった才覚は、遺伝子レベルで、すでにかなりの部分が決まっている。
努力ができるやつはレギュラーになれる。
補欠のままぬけだせないのは努力をしたつもりになってる残念なやつだ。

 

以上の事実を踏まえた上で言えることは!!!

 

現時点レギュラーをとれないやつが人生で勝つためにとる戦略は一つである。

 

レギュラー選手に選ばれないまま 補欠に甘んじるのではなく 勝負の土俵を変えて 「マネージャー」になる選択をする。


マネージャーは女子じゃなきゃダメってわけじゃない。男子がやってもいい。プレーヤーを動かすのは顧問の先生である必要はない。

 

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マネージャーというのは、レギュラーでもなければ補欠でもない。 序列のピラミッドに組み込まれない別世界で、あなたはそこで勝負すればいい。

 

 

マネージャー。やってみないですか?

 

何よりも競争率が低い。緑の下の力持ちとして支えているわけだから周囲から感謝される立ち位置が取れます。レギュラー陣と同じように優れたスキルがいるわけでもないし、コートにいるメンバーよりすごい運動能力を持ってなくても大丈夫なんです。

 

マネージャー業を生業としている方もいると思いますので、その方を否定してるわけではありませんので、悪しからず。


マネージャーとして成功すれば、場合によってはレギュラー以上にかけがえのない存在としてチーム内では扱われることでしょう。試合にはでれないが、特別な立ち位置からサポートができる。補欠の立場で、レギュラーを見守るのもある意味マネージャーに近い立ち位置かもしれませんが、それはまだ補欠に甘んじてると思います。

 

戦うフィールドを完全に変えることで自分が引き立つことができるのです。

 (どうですか?今のまま補欠を演じますか?)

 

 

仕事で考えてみましょう。

 

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マネジメント=管理者=上司?


と思われがちだが、なにかをうまく回すために戦略を練ったり、情報を集めたり、プレーヤーの手助けをする立ち位置にいてくれるひとだ。上司であることが多いかもしれないが、メンバーの中にマネージャーがいてもいいんじゃなかろうか。

 

特別なスキルをもたず、業務を円滑に回してくれる潤滑油みたいな存在。そういう人ってなかなかいないんですよ。その役割ができる人がいてくれるだけでうまく仕事が進んでいけるんです。専門職の中では、自分の思いを一方的に推し進めようとする人もいます。問題の解決手法はわかるのに、それをうまく周囲に伝えることができず、自分の中で閉じちゃうんですね。難しい計算はできるのに、優先順位は無視してずっとその部分に固執したりとうまく進めれないってこともしばしば。

 

 

自分に専門的な難しい知識が習得できなくて困ってる方、仕事の隙間を埋めることをやってみてください。マネージャーをやれとは言いませんが、それはきっとあなたの会社での立ち位置を優位なものにできるはずです。

成功したければ、競争率が低い「独自の地位」を手に入れることが早道です。

電車で読書をできる人はかぎられた人間だと思う

ご存知でしょうか?

最近は、電車の中で読書をすることが少なくなってるようです。

 

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いま、電車にのって周囲を見回しても、本をよんでるひとはいない。

 

代わりになにをしているのでしょうか?

 

大半はねてます。。。かね。

半分はスマホいじってます。

(っていま自分もこれ書いてるからいじってることになるか。)

 

ゲームしてる人もたくさんいます。私もよくやります。

なにもせずに、瞑想してる人もいます。

 

 

先日、新聞の記事にも載ってた。そんなようなことが書いてありましたね。読み物、読書にかわって、スマホで知り得る情報で、事足りると考える人が増えてるようです。電車の中での過ごし方は幾分か変わってきてるようですね。


定期的に更新されるヤフーニュースをみてその日の大衆的な出来事を把握し日々の雑談に使う。芸能ニュースだったり、災害ニュースだったり。週末の天気予報だったり。ゴルフが趣味だと、気にしますよね。上司に話を合わせるための見えない努力ってやつ?

 

デジタル化で、新聞や本が電子媒体になって、読む方法が変わったということもあるでしょう。重たい本を持ち歩く必要はないし、わざわざ本屋さんに出向かなくても電子書籍を購入してよめばいつでも好きなときに読み返すことができてしまう。

 

便利になった。

 

でも、それはそれですこし残念な気分になる。


・図書館で本をかりて読むこと。
・書店でカバーを付けてもらうこと。
・単行本をカバンにひそまし読書してるんだアピができること。
・もう少しで読み終わる推理小説のどきどきを味わえること。

 

 

書籍にしかない味わいだってある。

 


書店で店頭に並べてあるのは、おおかた店員さんのオススメですよね。売れる本があるべくしてならんでる。売らないと本の印刷代がムダになってしまいます。

電子媒体の場合はどうでしょう。

少なくともデジタルだから本の物理的おな在庫とかはないですよね。他に管理面だとかでお金かかってそうだけど、凡人の私がぱっと考えるとそう思ってしまう。

 

 

オススメしておいて、読まれたらいいかなって感じの作品も中にはあるとおもうんですよ。なので、読んだ人のレビューとかのほうが役に立つことが経験上多い。

 


電子書籍を否定してるわけではないですが。

紙をめくって、話を読み深めていく。またページをめくる仕草はカッコイイと勝手におもってるのであります。賢くみえるのはたしかにあるとおもいます。

 

イメージしてみてください。

 

ケータイいじってる女子みるより、読書してる女子のほうがステキでしょ?

その感覚と同じです。

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俺って学力高い系?本読んでるからコミュニケーション力も養われてるって感じ〜。

イケてるでしょ?ほら、みてみてみ?

って具合に周囲に見せつけたいわけではないが、世の中の成功者は読書をしているというのが一般常識です。

 

先人の行動を見習うことで、自分にプラスにすることは成功への近道だ!


なにがプラスかはわからないけど、家が遠くて電車にのらなければならない、なにもしなかったら無駄になってしまう貴重な時間があるのなら、ゲームじゃなく読書してみませんか?ぼーとして電車にのってるだけであれば、その時間を有効に使うことを考えませんか?

 

少しでも寝たいあなた!!!それは寝てても大丈夫。その時間は無駄じゃない。休息時間です。必要な時間です。

本を広げてページが進んでないかたもたまにいますけどね。お疲れ様です。

 

 

電車の中で本を読むことは本好きににしか出来ないことです。

 

なので、電車でかっこよく本を読むには、必然と本を好きにならないといけないのかも。興味をもたないとできない。まずは自分にあった内容が書かれた本を探すこと。

 

何に興味を持つかは、いっぱい選択肢があるはずです。世の中にはたくさん本があるんですから。資格の勉強で過去問集を読むのもある意味読書です。好きな漫画を電車で読むのも読書です。分厚い小説を読めなくても数分で読み終わるような単行本もあります。官能小説もある意味小説です。

 

本の内容が知られるとかっこよくなくなるものはしっかりカバーをかけましょう。 

 

 

蛇足)

 

電車の中に広告ってあるとおもうんですが、旅行だとか、イベント、歌舞伎とかしかない。マナーを守りましょう的なものもある。

 

ゼクシィとか週刊誌はよく広告みますが、本の紹介ってあんまりみたことないんですよね。本屋さんばりに本の紹介をのせるコーナーをつくってもいいんじゃないかとおもうんですが。

まじまじと見られるはずです。電車の中はすごく暇でやることがないですもんね。

本のあらすじ読まされたら、本好きでなくても興味を持つこと間違いなし。

 

実際問題、電車の広告費が高いんでしょうね。数千万レベルなのかな。

広告出して採算が見込めるものだけが宣伝されるってことですね。

 

何かもったいないきもします。

 

長い乗車区間中何もすることなく、電車の一点を見つめて乗車してる人たち、会社と自宅の行き来以外の時間は会社にいる充実感を失ってるサラリーマンのために、普段自分で調べることのない新鮮な情報を半強制的に与えてあげてもいいのにな。

 

管理職の兼任って終わってる。信頼できる上司と一緒に仕事してみたい。

職場の組織変更。

幾度となくくりかえされてきた。

もう、うんざり。私には管理者がしっかりついたことがない。

 

今回も、どっかの部署と兼任した上司が私の上にやってきた。兼任管理職ってあほか。兼任するくらい余裕があるのか?名ばかりだろ?なら、くるなよ。と思う。

 

真剣に私と向き合ってくれる上司とは出会えるだろうか。。。

もしくは、今回がそのチャンスなのだろうか。

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仕事の管理なんてされてもめんどうなものだが、いないといないで理不尽なことになる。管理者の仕事が下位層に回されるからである。兼任ってどうなの?しっかりやってくれはりますのやろか?プレーヤー不足もさることながら、管理者不足も深刻だ。

 

仕事で自分が失敗した場合や、なにかあったときの組織的な責任は上司にいくだろう。起きてしまったことには自身でとれる責任は全力でとることはとるが、仕事を遂行する上で上司に頼ることができないやり方をやりつづけているのが現実。責任の所在もあやふや。いつまで、こんなことがつづくのだろう。私には上司がいない。

 

自分が任されていることもある意味、凄いことなのかもしれない。すべて背負ってやることって、かっこいいことか?側からみたらそう映るのか?好きな仕事であれば、文句はない。でも、仕事って好きな仕事だけじゃない。雑用だったり、誰かのこぼれたタスクをひろったり、リカバリしたり、なんでこんなに放置されたのか全く意味がわからないことまでも、やらなくてはいけないときがある。

一緒に仕事してないと、そういういけてないところって拾えないよね?改善しようとおもえないよね?頼るべき管理者は不在。手を入れなければならない改善箇所がそこにはあるのにそれを拾ってくれる、見てくれる立場の人がいない。

 

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会社は、そんななんとか回してる回ってそうにみえるだけのグループには手を当ててはくれない。むしろ、うまくいってないグループって目に付くし、そういうグループにかぎってコーションをバンバンだしてくる。しまいには、波風たてて、騒ぐだけ騒いでヘルプをもらい、あたかも自分がうまく危機をしのぎましたといわんばかりに上司ともりあがっている。

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管理とはそうならないようにする事だ。なにもおこらないことが、重要なことと自分はおもってる。日ごろからチョット無理しながらも、手をいれて計画的に仕事をまわそうとマネジメントをいれる。だれにも見えない努力?そのチョットの努力が、チョットですまなくなってくるとかなりしんどい。

 

なにもおこらないことが一番なのに、なにもしてなかったやつらのヘルプをさせられる。こういうのが、モチベーションをさげるんだよね。

  

自分が上に上がればいいじゃんとたいていのやつはいってくる。

簡単にいってくれるね。でも、自分の考えはこうだ。

 

係長までは、労働組合に守られる。ひとつ上。課長は職制ということで、会社側の人間となる。あまり、長のつく人の役割の違いを考えたことはないが、この役職の境目が自分には越えることができない。越えるつもりもないといってもいい。会社を利用する事はあっても、組織の運営に関わる職位にはなりたくない。 

 

現時点では、揺るぎない。

 

サラリーマンには、組織の上を目指す人、役職を求めず専門分野の知識を追求するもの。2通りあると思う。自分は後者だ。一般的に管理職側の方が給料がいい。専門職はそうでもないし、成果を給料に反映してくれる制度もあってないもの。それは前述したように、管理する立場の人が私の仕事に絡んでないから。正当な評価してくれる上司がいないのだ。今のお給料の妥当性はだれがどう決定しているのかか疑問さえ湧いてくる。ん?管理職の成果ってだれが決める?

 

給料いっぱいもらってるんだから、それに見合った仕事してよってだれかが言ってるのをきいたことがある。おかしな話だよ。その仕事量だから、いまの給料になってるはずなのに、そう会社には採点されてるはずなのに。さらにいま以上の仕事、付加価値をつけなければ、そんないちゃもんをつけられるのか。

 

なにをどれだけ会社のためになったアウトプットをだしているかがみえるようになっていればいいのか。営業成績など件数カウントされていて給料に直結する職業は明確だが、技術者のよしあしを、採点するって難しいんだな。

 

上に上がらなければ、いつまでたっても変わらない?変えれない。いままで同じ境遇のプレーヤーが管理側にいったのはずなのになにひとつかわってない。いまの職場の上を目指しても果たして、良い結果は得られるのか?いまいる会社を使い続けるか、使われ続けるのか、そろそろ、精査するタイミングなのかもしれない。

 

今回の管理者は自分にとってプラスなのか?マイナスなのか?しっかり見極めて見たい。

 

 

people-watching.hateblo.jp

 

 

体調悪い。休むのが当然か、無理して踏ん張るべきか。

風邪、発熱、体調不良。

喉が痛い。電話で業務対応、しゃべるごとに声がかれていく。

 

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とりあえず市販の薬で💊頑張る。でも、がんばれて2日。

早く土曜日になれ。おもっきり休息したい。

 

なかなか休めないんだよね。でも、きっぱり休める人と、無理して会社に来る人の違いってなんだろう。人にうつしたりする可能性があるのであれば強制的に休み確定だけど、中途半端なこのダルさ。がんばろとおもえば、がんばれちゃう。薬って凄い。っていうか、こわい。カラダにムチがうてるんだから。すごいものを人間様はつくりなさったな。

 

やはり、仕事の都合でこのタイミングは抜けれないときってやっぱりある。代わりがいるなら、安心して任せれるのだが、個人プレーな職場はどうしてもむずかしい。また、そういう仕事ではなくとも、ここは自分が頑張らないといけないところだ!という場面もある。そんなとき、体調をくずす。

 

がんばれますか?がんばりますか?休むのが当然ですか?

 

 

 

精神論的にはやらねばならないといいたい。

でも、体を壊してしまっては、もともこもないのだろう。

大切な時期に、みんなに迷惑はかけたくない。

私がいなくても、うまくこなしてくれるだろうか?

部下を信じて、期待する。うまくいってればいいが、一か八かになる。

こんな大切な時に逃げてたまるものか。

 

 

私の場合は、まだ、体力があるほうなので、無理してでもやらねばならないことはやりにくる。案外、そういうときは、周囲もきにかけて仕事を拾いにきてくれたりする。ありがたい事だ。いつも、体調悪そうにしとこうかな。ある意味普段、自分の与えられた仕事をこなすだけの人が、こういうときは、敏感に反応してくれたりする。

 

 

無理しててとはいわないが、やはり、頑張る姿を周囲に見せることは、上司の役目なのでしょう。いくらプロセスを叩き込んで教育しても、業務にあたる姿勢というものは教えてもらうものじゃない。

 

 

ちょっと無理をすることで、普段得られない効果が得られるということもある。

 

会社のために自分がいるわけではない

組織・会社のために自分がいるわけではない。

 

会社はたまたま自分の人生の中で大半を過ごす場所ではあるものの、会社のために私が存在しているわけではない。そう、自分は会社のための歯車でもないのである。

 

会社は自分の人生という脈々と続く表現の中の一つの舞台にすぎないのである。

 

そう思うと自分は人生の中で会社という舞台に対し、何を考え行動すべきなのだろう。舞台に立つのであれば、主役になるべきだろうか?脇役で主役に花を添えるべきだろうか?悪役になるのも面白いか。人はそれぞれ自分の得意な分野で力を発揮すればいい。わざわざ、主役になろうなんて無理なんかしなくてもいいと思う。少なくとも自分はそう考えている。

 

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あなたは会社を使ってどんな表現をしていきたいですか?

 

長い人生の中一番使うことになる会社というツール。

 

一家の大黒柱となるお父さん!いや若者たちよ。

 

何も考えず、仕事だから、役割だからと目の前のルーチンワークをこなしますか?こんな仕事うんざりと思いながら人生の大半を会社側の表現する’’仕事’’をこなしますか?

 

多くの人は、自分のやりたいこと、本当の自分は・・・と何か形もないものを具現化できてないことに不安を抱き、このまま仕事を続けていてもだとか、この職場は自分に合ってないとか行って、現実に向き合うことから逃げている。

 

働いている時間、それは間違いなく自分の居場所がそこにあり、それは自分の生産性を自他共に認められる時間があることになる。それは自分の人生を作るリズムの中で安心感の源となっていくことでしょう。その安心感をベースに自分自身と向き合っていけばいいのではないでしょうか?自分の時間が仕事をすることに8割9割と埋め尽くされていくとそれはしんどい。自分自身と向き合ったり、ちょっと挑戦してみたいことができたりと、働く中に余白を持てることが、自分にしかできない芽を出すための極めて重要な前提条件になりうるのだと思う。

 

 

会社というツールをうまく利用して自分の糧としていくことを考えていただきたい。

 

会社があなたを選んだのではない、自分が会社を選んだということでもない、自分が会社というツールを選択して人生を過ごしているだけなのである。

 

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生活をするためにお金を作る場所。スキルを身につける場所。好きなことが仕事ってこともある。会わなければ、ツールを変えて試してみればいいのである。ロールプレイングゲームで言うところの装備品の変更くらいの感覚?それは言い過ぎかな。大学受験で頑張って、色々積み上げて着た自分をぶつけて面接してやっと入る職場ですもんね。会社に就職するってことはある意味世の中の人みんな最終目的地みたいに思ってるところがあるようなきもします。

 

よく会社のことを悪く思っている人って、悪口を言うだけで自分は何もしないんですよ。そう言う人たちがいる会社って何も変わらないと自分は思ってます。会社って管理者側だけで作ってるものではないと思うんです。ツールを使うユーザが意見をしないと改善もされていかないものなんです。

 

会社を指揮・運営してる側の人間・管理者側としても、この会社(ツール)を使って、あなたを応援してくれてるかもしれない。

 

あなたが、なんらかの方向に一歩踏み出すことができるように、あるときその人しかにしか出せない芽を出す瞬間を待って見守ってくれているのかもしれない。ゲームでもそうでしょ。村人と会話をして話を自分で進めていかないとクリアもできない。ずっとレベルばっかあげてる?弱いモンスターばっか倒して自分は強い勇者にでもなったつもり?何もストーリーは進まないよ。そんな人ばっかいる会社は周りが見えてないので、いつかツールとして使えなくなってしまう = 倒産?ってことかな。

 

ツールを変えるのはその会社の限界を悟ったとき、自分が他にやりたいことが見つかったとき、よりよいツール(会社)に変えればいい。会社というツールじゃなくても、それはきっとなんでもいいとその時は思えるでしょう。